クラスメート

つばさ 渉

  

手紙が届いた。

 誰かと思ったら中学時代のクラスメート、Tさん。でも彼女は、親しい友人ではない。Tさんは入学してしばらくすると、いじめられるようになった。喋り方が変だと男子に言われ、からかわれた。彼女に関わると自分もいじめられるからと、皆でさけた。私も同様に。だから中学3年間のうち、彼女と会話を交わした事はごく僅かだった。

 

 手紙には久しぶりに会いたいと書かれていた。私も会いたいと思った。会って謝りたい、学生の頃の弱くて卑怯な私の行動を……。

 

 駅前のデパートでランチをする約束をした。

待ち合わせ場所のデパート入口に着く。11月、陽射しはあるけれど吹く風が冷たかった。私は思わず背を向けた。

 

 とんとんと肩を叩かれる。振り向くと、Tさんだった。

「あ、久しぶり!」

 彼女と会うのは何年振りだろうか。卒業してから一度開かれた同窓会に、彼女は来なかったから、もう十年以上になる。

 Tさんはとても綺麗な女性になっていた。中学時代は常に俯いていた彼女。なるべく目立たない様にしていた。そうしなければ言葉のナイフが何本も突き刺さって、彼女は動けなくなってしまうから。

 でも今の彼女はしっかり前を向いて、明るい表情で私を見ていた。長い黒髪が冷たい風にサラサラとなびいている。彼女の傍らには上目遣いでじっとこちらを見つめる女の子がいる。

「ミキちゃん?」

「うん。実樹、こんにちはって」

「こんにちは。ミキちゃん何才?」

実樹は緊張しているのか口をギュッと閉じたまま、右手の指を3本出した。

  

 Tさんと沢山話した。ずっと仲の良い友人の様に自然だった。お互い母親になり、子育ての悩みや楽しさは一緒だった。実樹は大人しく、彼女の隣でお子様ランチを食べている。そして私をアイちゃんと呼び、すっかり打ち解けて話してくれるようになった。そんな実樹を見て、Tさんは柔らかな表情で微笑んだ。

「楽しいね」

 彼女は言った。私は頷いた。楽しいって普段はわざわざ口にしない。だけど今、彼女から自然と口をついて出た楽しいに強く共感した。

 

 デパートの前、食事を終えた私たちは立っていた。

「今日はありがとう。会えて良かった」

 Tさんは笑顔で言った。

「私も、会えて良かった」

 そして一呼吸おいてから、私は言う。

「あのさ、中学の時は……本当に、ごめんなさい」

「ああ、別にもういいよ」

 彼女は続ける。

「今、幸せだから。私は大丈夫。でも……覚えてる?あなたが私に言った事。私を苦しめた事。私は覚えてる。これはずっと消えない」

 私はTさんから目を逸らす。

 すると彼女は私に近づいてきた。

 そしてゆっくりと私の首に両手をかけた。その手に力が入り、ぐっと押された。

 

  

 私はお湯を吸い込んだ。暗闇の中、手足をばたつかせて必死にもがく。

 手が掴む。何かを。浴槽の縁。

 私は湯船から顔を出した。激しく咳き込み肩で息をする。

 自宅のお風呂場だった。

私はいつの間にか眠っていたみたいだ。でもついさっきまでTさんとデパートにいたはず。

「何?夢?」

Tさんとランチをした……何を食べたか思い出せる。凄く楽しかったし、夢じゃない。でもその後は……その後のことが思い出せない……。必死に記憶を呼び起こそうとするが、混乱するばかりだった。

まずは冷静になろうと深呼吸すると、寒さに気付いた。浴槽の湯はすっかり温くなっていて、お風呂場の空気もひんやりとしていた。

出よう、風邪をひく。考えるのはその後にしよう。

そう思って立ち上がろうとした瞬間、「夢じゃないよ」そう声がして、私は湯船に押し戻された。

狭い浴槽の中、私に覆いかぶさる様にTさんが立っている。Tさんはランチをした時の、黒いタートルネックに灰色のチュニック、そしてスキニーデニムという恰好だ。

 彼女は私の首に手をかけ、湯の中に沈めようとする。私は全裸で声も出せずに、釣り上げられた魚のように暴れた。彼女の手を掴むと、その手は鉛の様に重く冷たかった。

 Tさんは私を真っ直ぐ見ていた。その顔は中学時代の寂しげな表情をしたTさんだった。

 

 これは夢だ。悪い夢。また湯船で眠ってしまっているだけ。

私は最後の力を振り絞ってもがいた。